第117回講演会のお知らせ

「地中海にフェニキア人の足跡を求めて」
佐藤 育子 氏

日付: 2015年04月11日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
佐藤 育子(さとう いくこ)
現在、日本女子大学学術研究員、日本女子大学、放送大学等非常勤講師。筑波大学北アフリカ研究センター客員共同研究員。
フェニキアおよびカルタゴの歴史を、特にフェニキア・ポエニ語の史料を用いて分析を試みている。2009年~2010年にかけて日本で開催された「古代カルタゴとローマ展」、および、2012年~2013年の「ツタンカーメン展」の共同監修を務める。共著に『通商国家カルタゴ』(興亡の世界史03巻)講談社 2009年等がある。

講演要旨:
古代地中海世界の歴史を紐解く時、ギリシア・ローマ文明に先立って、東西文明の橋渡しをしたフェニキア人の存在を忘れることはできません。自らが残した文献史料が僅少であるがゆえに、長らく謎の民とされてきたフェニキア人ですが、地中海の各地には、彼らの痕跡を示す遺物や遺構が点在しています。
報告者は、そのようなフェニキア人の足跡を求めて、近年、地中海周辺に残るフェニキア・ポエニ系の遺跡を毎年踏査してきました。この3月に行ったキプロスとマルタでのホットでタイムリーな成果も含めて、改めて、古代地中海史におけるフェニキア人の意義を考えてみたいと思います。

事務局だより(2015年1月26日)

1月の講演会では、近世初期にアドリア海で活躍し、後のロマン主義時代にクロアティアの英雄として描かれるようになった海賊ウスコクについてお話しいただきました。ダルマティア辺境の貧しい遊牧民を出自とする彼らが、国や宗教の力のなかで揺れつつ経済生活を営んでいた様子が彷彿とする講演でした。講演者がプロデューサーを務めたウスコクのアニメ映画も圧巻でした。
次回は、ポリネシアの北端に位置する、アメリカ合衆国最後の加盟州であるハワイについて、その歴史と社会の変遷を辿っていただきます。
どうぞ奮ってご参加ください。

3月の講演会は事務局の海外出張等によりお休みをいただきます。4月の講演会については追ってお知らせを差し上げます。


いまだ寒さの底にありますが、徐々に春を運んでくる日の光や風の匂いに励まされます。先へと続いていく生活の予感が心を暖めてくれる時期です。野に街に、健やかな時をお過ごしください。

―麦踏や寒さに堪へて小刻みに(西山泊雲)

第116回講演会のお知らせ

「王国の栄光と簒奪―19世紀ハワイ史」
山本 真鳥 氏(法政大学教授)

日付: 2015年02月07日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
山本 真鳥(やまもと まとり)
法政大学教授。研究テーマ:文化人類学、オセアニア史。
著書・訳書:M・ミード『サモアの思春期』(蒼樹書房76年)、M・サーリンズ『歴史の島々』(法政大学出版局、1993年)『儀礼としての経済 : サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』(山本泰と共著、弘文堂、96年)、『植民地主義と文化:人類学のパースペクティヴ』(山下晋司と共編著、新曜社、97年)『オセアニア史』(編著、山川出版社、2000年)、『性と文化』(法政大学出版局、04年)、『土地と人間』(小谷旺之・藤田進と共著、有志舎、12年)、『ハワイを知るための60章』(山田亨と共編著、明石書店、13年)など。

講演要旨:
誰でも知っているようで知らないハワイ。日系人が多いらしいけどどうして?ハワイって楽園なの? フラダンスとか、ハワイアン音楽とか、あるけど、ハワイ人ってどんな人たち? ハワイにはいろいろな民族や人種が住んでいるらしいけど、どうしてそうなったの? ハワイってアメリカなの?
アメリカ合衆国議会には、会期を外すと中を見学させてくれるツアーがある。展示ギャラリーは、アメリカ政治のさまざまなお宝で満ちており、民主主義や、自由の精神の象徴となる文書や絵画をはじめとするアート作品などが展示されている。その中で異彩を放っているのは、ハワイ州から寄贈されたカメハメハの銅像であるが、これがなんだか、民主主義を標榜する国の展示の中で、場違い感が強いのである。王国から合衆国に併合されたのは、ハワイ州だけであろう。
18世紀終わり頃にクック船長が西洋人として初めてハワイ諸島(クックはサンドウィッチ諸島と名付けた)を訪れたとき、そこには既に高度に発達した王国群が存在していた。19世紀に入るとカメハメハが西洋人たちの力を借りて、諸島の統一を成し遂げ、王朝を確立し近代化を図るがその道は険しかった。自給自足経済から市場経済へ、伝統的宗教からキリスト教へ、共同体的土地所有から個人所有へ。近代世界システムへと経済的に開かれていく中で、外国人にサトウキビ・プランテーションの経営を任せ、労働者は海外から調達するようになる。外界との接触によりさまざまな病気が蔓延し、アルコール中毒なども合わせハワイ人の人口減少は著しいものがあったため、労働力を海外に頼るのはいたしかたなかった。そうしているうち、次第にアメリカ出身の植民者たちに実権を握られ、しまいに1898年にアメリカ合衆国に併合されたのである。

[典拠:山本真鳥編著『オセアニア史』(山川出版社00年)、Ralph Kuykendall, The Hawaiian Kingdom, 3vols. University of Hawaii Press, 1938, 1956, 1973. S.M. Kamakau, Ruling Chiefs of Hawaii, Kamehameha School Press, 1961. など。]

世界史研究所アフリカ奨学基金第三期ご寄付のお願い

世界史研究所では皆さまの篤志に支えられて、2011年度から「世界史研究所アフリカ奨学金」の制度を運営してまいりました。おかげさまで、2015年の1月からは第三期奨学金給付が始まります。過去2回と同様、ナイジェリアのイロリン大学人文学部歴史学科および国際研究学科の学生の方が対象です。
つきましては、経済的困窮のなかで向学心に燃えるアフリカの学生を支える一助を皆さまにお願いしたく存じます。日本のコーヒー数杯分程度のご援助でかまいませんので、皆さまのお志をいただければたいへんにうれしく思います。
募金の送り先は以下のとおりです。期日は3月末までとなっております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 三菱東京UFJ銀行 渋谷支店
口座 普通預金
口座番号 0683412
口座名義 (特)歴史文化交流フォーラム 理事 南塚信吾 

事務局だより(2015年1月5日)

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申しげます。

12月の講演会では、近世期京都のひとつの町(ちょう)であった御倉町の様子を、貴重な一次資料に基づいて活写していただきました。町の自治制度、住民の職や住など、資料を通して浮かび上がる生活の細部には知的興奮を喚起されました。
年明け初回の講演会は、「ウスコク」と呼ばれる近世初期のアドリア海で活躍した海賊についてのお話を伺います。
どうぞ奮ってご参加ください。

次々回は2月7日(土)の開催となります。ポリネシアのお話しを予定しています。詳細は追ってお知らせいたします。


様々なことがあって長かった、あるいは短かった1年。とり立ててこともなくゆったりとした、あるいはあっという間だった1年。人により心理的時間の速度は異なりましょうが、それぞれの1年を経て、誰もがまた違う場所に立っているのだろうと思います。皆さまがそれぞれに、こころ穏やかな場所から新しい年に踏み出されますように、お祈り申し上げます。

第115回講演会のお知らせ

「地中海の海賊――知られざる英雄ウスコク」
越村 勲 氏(東京造形大学教授)

日付: 2015年01月10日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
越村 勲(こしむら いさお)氏
東京造形大学教授。研究テーマは、クロアティアなど東欧の社会・文化史。
著書・訳書:R・オーキー『東欧近代史』(勁草書房、1987年)、『東南欧農民運動史の研究』(多賀出版、90年)、Ph・E・モズリー『バルカンの大家族ザドルガ』(彩流社、94年)、D・ロクサンディチ『クロアティア=セルビア社会史断章』(彩流社、99年)、S・ノヴァコヴィチ『セロ――中世セルビアの村と家』(刀水書房、2003年)、『映画「アンダーグラウンド」を観ましたか』(彩流社2004年)、新世界地理第10巻『ヨーロッパⅣ――東ヨーロッパ・ロシア』(朝倉書店06年)、『クロアティアのアニメーション』(彩流社、10年)、K・カーザー『ハプスブルク軍政国境の社会史』(学術出版会、13年)。

講演要旨:
舞台は地中海の東北部、いわゆるアドリア海。時代は日本の戦国時代から江戸初期にかけて、クロアティアの場合半ばオスマン帝国に支配され、オーストリアやヴェネツィアに助けを求めたり、逆に利用されたりした時代(この時代の緊張感や暴力については、例えば黒澤映画「七人の侍」を参考にして下さい)。uskok
クロアティアではハンガリーの南からアドリア海にかけて軍政国境という、万里の長城のような国境地帯が作られます。そしてオスマンの支配から逃れた難民とヴェネツィアからきた流民とが、軍政国境の港町セーニに集まって海賊団を作ります。それがウスコク(日本語で多少無理に訳すと「飛入り衆」)です。
今回はウスコクが①海賊といってもどういう海賊だったか、②どうして海賊になったか、③どういう活動をしていたか、そして④どうしてウスコクは永らくクロアティアの英雄でいられたのか、についてお話しします。
先ほど日本の戦国時代と比較しましたが、大航海時代の早い時期に、東地中海と東シナ海の沿岸の人々や境界社会が世界の動きにどう反応したかを比較検討するプロジェクト”Uskok and Wako〜Piracy, Border Society and the Making of Modern World‐Economy” を現在進めており、今回はその一環として、またウスコクについて本邦で始めて詳しくお話しすることになります。
なお、当日の最後に、私が東京造形大学の卒業生とともに作った、6分ほどのアニメーション「ウスコク/キリスト教世界の英雄」を上映します。

[典拠:Catherine Wendy Bracewell, The Uskoks of Senj~ Piracy, Banditry, and Holy War in the Sixteenth-Century Adriatic, Cornell University Press,1992.ほか近年のクロアティアのウスコクに関する研究論文や学会報告など。]

第114回講演会のお知らせ

「近世都市京都の町と町人――三条御倉町を素材として(仮)」
菅原 憲二 氏(千葉大学名誉教授)

日付: 2014年12月06日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
千葉大学名誉教授、放送大学客員教授。研究テーマ:日本近世の村と町の歴史的研究。
関係する編著として、以下のものがある。
共編著『京都冷泉町文書』京都冷泉町文書研究会、全6巻、別巻1、思文閣出版、1991-2000年
共編著『京都町触集成』京都町触研究会、全13巻、別巻2、岩波書店、1983-1989年
また、テーマにすこしだけ係わる論文としては、以下がある。
「近世京都の町と捨子」『歴史評論』422、1985年
「日本近世における身分制と身分差別」『歴史の中の差別』日本経済評論社、2001年

講演要旨:
近世都市京都は身分制的に編成されており、その中心部に禁裏、さらにその廻りに、貴族町、町人地、寺社地があり(ほぼ「御土居」内)、「御土居」外は百姓が居住する農村部となるが、京都を起点とする街道の出発地には刑場があり、処刑の公役に携わる被差別民の集落が「御土居」周辺部に展開していた。
町人地に焦点を絞ると、15世紀の応仁の乱以降、自治を発展させてきた町組が上京、下京を中心に展開しており、近世の公儀権力は、この町人の力に依拠、利用しながら支配を展開していたといえる。
京都御倉町(みくらちょう)は、現在の住所表示で言えば、京都市中京区にあり、京都風に表示すると三条通室町東入ルまたは三条通烏丸西入ル、となる。下京の由緒ある古町であり、南艮(みなみうしとら)組を構成する十三町の一つでもある。町内には豪商千切屋(ちきりや)惣左衛門が居住し、西隣の三条衣棚町の千切屋吉左衛門と並んで、京都の有力町人グループを構成していた。近世中期には北隣の冷泉町に三井越後屋が進出してくる。
三条通は東海道の延長線上にあり、室町通は、京都でもっとも有力な問屋が集中して店を構えた筋であって、その意味では京都の町人地では下京の中心といえる位置にある。
その裕福と思われる御倉町にあって町人と言えるのは一握りの家持=屋敷所有者=店舗経営者であり、その対極には多勢の借屋住民が居住していた。これは御倉町だけに限らない。
報告では近世都市京都の個々の町に共通する構成要素(惣、会所、用人など)と運営方式(談合と多分の儀)と論理を説明した上で、御倉町の概要を紹介し、近世期に御倉町の家持と借屋が直面していた問題(主に借屋が町に提出した文書を中心に)を考えてみたい。

[典拠:京都御倉町文書(個人蔵)]

事務局だより(2014年12月1日)

11月の講演会では、鎌倉仏教のなかで特異な位置を占める日蓮とその時代ついて、『立正安国論』と『吾妻鏡』の記述を対比しつつお話しいただきました。庶民の傍らに住まい、かつ海外の動向にも目を逸らさなかった日蓮のリアリスティックな姿勢は、宗教者と社会の関わり方についてあらためて考えさせるものでした。

次回は、あまり情報として接する機会の多くない、近世江戸期の京都について語っていただきます。どうぞ奮ってご参加ください。

12月6日(土)は講演会終了後、忘年会を催します。皆さまの参加をお待ちしております。

新年明けての講演会は、1月10日(土)の開催となります。世界の海賊の比較研究を予定しております。詳細は追ってお知らせいたします。


秋の後ろ姿を見送って冬を迎えようとするとき、わたしたちを取り巻く彩りある世界の傾斜や消失を目に、どうしても薄寂しさにとらわれるのを禁じ得ません。でも、きっと継続する命のために必要な休息の時期なのでしょう。皆さまも安穏な冬の日々をお迎えください。

―今日生きていのちの音の落ち葉踏む(湊元子)

第113回講演会のお知らせ

「日蓮とその時代」
佐藤 博信 氏(千葉大学名誉教授)

日付: 2014年11月08日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
千葉大学名誉教授。中世東国の日蓮宗関係寺院、その建造物を中心に研究。著書に、『江戸湾をめぐる中世』(思文閣出版,2000)、『中世東国日蓮宗寺院の研究』東京大学出版会,2003)、『越後中世史の世界』(岩田書院、岩田選書「地域の中世」,2006 )、『中世東国足利・北条氏の研究』(岩田書店、「中世史研究叢書」,2006 )『中世東国政治史論』(塙書房2006)、『安房妙本寺日我一代記』(思文閣出版,2007)、『中世東国の権力と構造』(校倉書房,2013)などがある。

講演要旨:
鎌倉(新)仏教のなかで特異な位置を占めるのは、日蓮である。唯一の東国出身者であり、比叡山で学んだとはいえ、「田舎」と「海」をモットーとした宗教者であった。日蓮の生きた時代は、鎌倉幕府・執権政治が大きく転換して行く時代であった。それを象徴するのが、蒙古襲来であり国内の騒乱であった。それと決定的な意味を持った自然災害の頻発であった。日蓮は、鎌倉の名越で布教活動を行い、そのなかで渾身の力を込めて「立正安国論」を執筆し幕府に提出した。その生涯は、諫暁・折伏・法難そのものであった。その教えは、特に室町・戦国時代に列島規模に広まった。室町幕府と対決する日親や徳川家康と対決する日奥などを生んだ。われわれは、そうした大きな足跡を遺した日蓮とその時代から何を学ぶべきか。ここでは、特に「立正安国論」成立の直接的背景となった都市鎌倉とそこに住む人々に注目してみたい。題材は、「立正安国論」であり、また官撰史書「吾妻鏡」である。なお、わたしは、日蓮の研究者でもなければ宗教史・思想史の研究者でもない。歴史学徒として日蓮とその時代を学ぶという基本姿勢を堅持したい。

事務局だより(2014年10月28日)

前回10月の講演会では、ともに17世紀に急速な発展を遂げ、さらに港湾と運河の都市という共通性を持っていた東西二都市、アムステルダムと江戸の衣と食の商いをめぐってお話しいただきました。それぞれの食料市場と古着商の相違相同を、末端の商人から流通システム全体に渡って比較検証していただき、往時の市民町人の姿が彷彿としてくるようでした。講演後も活発な質疑応答が交わされました。
11月の講演会は、鎌倉仏教のひとつとして現在に至るまで大きな宗教的、文化的影響を持つ日蓮宗(法華宗)の宗祖、日蓮が生きた時代とその思想を育んだ背景についてお話しいただきます。
どうぞ奮ってご参加ください。

次々回は12月6日(土)の開催となります。オセアニアについての講演会を予定しております。詳細は追ってお知らせいたします。

11月8日(土)は講演会に先立ち、14時半より本NPOの通常年次総会が開かれます。会員の皆さまの参加をお待ちしております。


たびたびの南の海からの嵐が止んでほっとした途端、もう秋も半ばであることを朝夕のひんやりした空気に気づかされました。めぐる季節の足取りの速さと確かさには、せつなさとありがたさが入り交じったような気持ちを覚えます。日中の気温差の大きい時期です。皆さまどうぞご自愛ください。

―拾ひたる日向の栗のあたたかし(星野立子)