第124回講演会のお知らせ

 『日米開戦の記録と記憶』

日付: 2015年12月12日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師:
南塚 信吾氏、木村真氏、木村英明氏、ご参集の皆さま

概要:
1931(昭和6)の満州事変に始まった昭和の15年戦争は最終的にアジア太平洋戦争の勃発と日本の敗戦によって終結します。アメリカと戦端を開き、太平洋にまで戦線を拡大する決定は、どのようにしてなされ、また人々はどのようにその事態を受け止めたのでしょうか。1941128日の真珠湾攻撃の前後を中心に、日米の報道、公的記録、政府高官や軍人の回想、現在の歴史教科書の叙述などを紹介しつつ、お出でいただいた皆さまにもご発言いただいて、闊達な議論を行いたいと思います。

第123回講演会のお知らせ

『天空の彼方(かなた)』
鳥山 信子 氏

日付: 2015年11月07日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
鳥山 信子(とりやま のぶこ)
1935年東京生まれ
1953年~1965年 貿易会社、外資系商社に勤務し職業教育、語学を習得。
1965年~1969年 海外渡航が自由化され、東京オリンピック開催の翌年、横浜より海路ナホトカ、鉄路ハバロフスク、空路モスクワを経由し、南下して旧ユーゴスラビア、ベオグラードに到着し、国内をまわり、ドゥブロヴニクで船にのりイタリアへ渡り、地中海沿岸をたどり最終目的地のマドリッドに到着。現地の総合商社に勤務しながら、スペイン語の研鑽を積む。4年間の滞在中、近隣諸国を訪れる。
帰国に際し、約3ヶ月かけて南廻りし14ヶ国を巡る。
1969年~1978年 精錬会社の海外事業部に勤務し、海外の合弁会社との鉱山開発業務に係わる。
1978年~1994年 スペイン市中銀行の在日駐在員事務所に入行し、支店開設業務に従事し、その後16年間勤務。
1994年~ 撮影旅行を繰り返し、スペイン、フランス、イタリーと続くロマネスクの巡礼路、世界遺産の中近東、アフリカ、ペルー、アジア、並びにカナダ、アメリカを訪れる。再訪した国々も多いが、時代の変遷に伴い、分離独立した国が多くなり、正確な数は不明。2013年より毎夏チベットを訪れる。目下上田市郊外に作品を収集し、常設館を準備中。社会福祉法人ひかりへ寄贈する事に決定。

講演要旨:
今年7月に訪れたチベット2週間の旅の映像を通して、高山植物の宝庫、無限に開かれた草原に草を食む動物の群れ、さらに、自然の造形とはいえ、地球の息吹を感じさせる壮大な絵画のような、海底から隆起した土林を紹介する。
四川、青海、雲南を含む面積は、約250万平方キロメートル、日本全土の7倍にあたる。
数々の秘境を通って行く「中国の一番美しい湿原」、数年前まで外国人の立ち入りが禁じられていたニンマ派の最大級の僧院ラルン・ガル・ゴンバ。後者は、山肌に密着した巨大な集合住宅が山頂まで続き見事である。
チベットの夏は百花繚乱、青いケシに魅了された旅は再訪を促してやまない。

 

第122回講演会のお知らせ

『ハンガリーの「新たな鉄のカーテン」建設を考えるー移民・難民の歴史的位相をふまえてー』
秋山 晋吾 氏

日付: 2015年10月10日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
秋山 晋吾(あきやま しんご)
1971年群馬県前橋市生まれ・千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。博士(文学)。現在、一橋大学大学院社会学研究科教授。編著書に『つながりと権力の世界史』(彩流社)、訳書にJ.サーヴァイ『ハンガリー』(白水社・共訳)、M.グリーン『海賊と商人の地中海』(NTT出版)など。

講演要旨:
今夏(2015年)数十万人に上る難民が中東方面からヨーロッパに流入して大きな問題となっています。そのなか、難民の移動ルートに位置するハンガリーでは、政府が国境沿いにフェンスを設置するなど強硬な姿勢をとる一方、市民による難民支援が広範に行われています。難民流入問題の現状を、ハンガリーや欧州各国の報道を紹介しながら紹介しながら、この問題の歴史的な位置づけを考えます。

第121回講演会のお知らせ

「ペリー来航と横浜開港」
西川 武臣 氏

日付: 2015年09月05日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
西川 武臣(にしかわ たけおみ)
1955年愛知県名古屋市生まれ・明治大学大学院文学研究科博士前期課程修了。現在、横浜開港資料館副館長。博士(史学)。著書に『幕末明治の国際市場と日本』(雄山閣出版)、『開国日本と横浜中華街』(大修館書店)、『横浜開港と交通の近代化』(日本経済評論社)など。

講演要旨:
1854年、幕府は、横浜でアメリカ東インド艦隊司令長官のペリーと日米和親条約を締結しました。次いで、1858年に幕府は、アメリカ・オランダ・イギリス・ロシア・フランスと通商条約を締結し、翌年、横浜・長崎・箱館が貿易港として開かれました。講演では、横浜を舞台に繰り広げられた外国人との交流を紹介し、日本が国際化していく過程を振り返ります。

第119回講演会のお知らせ

「大城立裕の文学と<沖縄>」
武山 梅乗 氏

日付: 2015年06月06日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
武山 梅乗(たけやま うめのり)
社会学者。駒澤大学、明治学院大学、都留文科大学等非常勤講師。
主たる研究テーマは戦後沖縄における文化表象で、大城立裕の作品や沖縄の同人誌の分析を通じて戦後における沖縄文学史の社会学的な解読を試みています。東日本大震災以降は「園芸福祉」にも目を向け、その「新しい社会運動」としての重要性に着目しながら、全国各地においてフィールドワークを継続しています。
著書:『不穏でユーモラスなアイコンたち―大城立裕の文学と<沖縄>―』(晶文社、2013年)。共著『社会学の扉をノックする』(学文社、2009年)、共編著『戦後・小説・沖縄』(鼎書房、2010年)。

講演要旨:
芥川賞作家、しかも「言語の七島難」があるがゆえに「文学不毛の地」といわれた沖縄の出身者で初の芥川賞作家である大城立裕は、文化的な特殊性や政治的な複雑性を内包する<沖縄>というテーマを、ヤマト(本土、日本)の読者がわかるようなテクストに翻訳することに努めてきた作家であるといえます。しかし、その立ち位置は大城を一方でヤマトの視線に従い、他方で日本の視線を拒否するというダブルバインド的状況に置き、その位置から創作される作品、あるいはそこから発せられた言説は、大城の意図とは切り離され、「日本を見る鏡」を経由するという屈折した読まれ方をされ続けました。この講演では、まず芥川賞が大城にもたらした苦悩について、芥川賞受賞作品である「カクテル・パーティー」(1967)の読まれ方をめぐる問題を中心に考えてみたいと思います。
また、小説「亀甲墓(かめのこうばか)」(1966)においては、沖縄の基層的文化をもっともよく表象している<オバァ>というキャラクターの造形に成功しながらも、大城の描く物語世界がポストコロニアル的な視点に欠けるうえに、平坦であまりにも構造的すぎるという評価をしばしば受けてきました。ところが、最近の大城作品には物語に不穏な空気を醸すキャラクター「不穏でユーモラスなアイコンたち」がしばしば登場します。この講演の後半では「不穏でユーモラスなアイコンたち」を起点とし、最近の大城作品を複数の声が輻輳するポリフォニックなテクストとして再読していこうと思います。

第118回講演会のお知らせ

「変貌するキューバ ― 4月訪問の印象を踏まえて」
南塚 信吾 氏

日付: 2015年05月02日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
南塚 信吾(みなみづか しんご)
1942年、富山県生まれ。千葉大学・法政大学名誉教授、世界史研究所所長、歴史文化交流フォーラム理事長。専門は東欧史、世界史研究。世界史関係の主な著作に、『帝国主義の時代』(共著)講談社、『世界史辞典』(編集委員)角川書店、『アウトローの世界史』日本放送出版協会、『世界史なんていらない?』岩波書店などがある。

講演要旨:
1950年代末のフィデル・カストロやチェ・ゲバラに率いられた革命、さらに米ソが一触即発の事態に至った1962年のキューバ危機で、キューバが東西冷戦の極点の舞台となったことは、現代史上つとに名高い。その地の歴史と現在を、講演者が4月に訪れた際の印象を踏まえつつ紹介する。

第117回講演会のお知らせ

「地中海にフェニキア人の足跡を求めて」
佐藤 育子 氏

日付: 2015年04月11日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
佐藤 育子(さとう いくこ)
現在、日本女子大学学術研究員、日本女子大学、放送大学等非常勤講師。筑波大学北アフリカ研究センター客員共同研究員。
フェニキアおよびカルタゴの歴史を、特にフェニキア・ポエニ語の史料を用いて分析を試みている。2009年~2010年にかけて日本で開催された「古代カルタゴとローマ展」、および、2012年~2013年の「ツタンカーメン展」の共同監修を務める。共著に『通商国家カルタゴ』(興亡の世界史03巻)講談社 2009年等がある。

講演要旨:
古代地中海世界の歴史を紐解く時、ギリシア・ローマ文明に先立って、東西文明の橋渡しをしたフェニキア人の存在を忘れることはできません。自らが残した文献史料が僅少であるがゆえに、長らく謎の民とされてきたフェニキア人ですが、地中海の各地には、彼らの痕跡を示す遺物や遺構が点在しています。
報告者は、そのようなフェニキア人の足跡を求めて、近年、地中海周辺に残るフェニキア・ポエニ系の遺跡を毎年踏査してきました。この3月に行ったキプロスとマルタでのホットでタイムリーな成果も含めて、改めて、古代地中海史におけるフェニキア人の意義を考えてみたいと思います。

第116回講演会のお知らせ

「王国の栄光と簒奪―19世紀ハワイ史」
山本 真鳥 氏(法政大学教授)

日付: 2015年02月07日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
山本 真鳥(やまもと まとり)
法政大学教授。研究テーマ:文化人類学、オセアニア史。
著書・訳書:M・ミード『サモアの思春期』(蒼樹書房76年)、M・サーリンズ『歴史の島々』(法政大学出版局、1993年)『儀礼としての経済 : サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』(山本泰と共著、弘文堂、96年)、『植民地主義と文化:人類学のパースペクティヴ』(山下晋司と共編著、新曜社、97年)『オセアニア史』(編著、山川出版社、2000年)、『性と文化』(法政大学出版局、04年)、『土地と人間』(小谷旺之・藤田進と共著、有志舎、12年)、『ハワイを知るための60章』(山田亨と共編著、明石書店、13年)など。

講演要旨:
誰でも知っているようで知らないハワイ。日系人が多いらしいけどどうして?ハワイって楽園なの? フラダンスとか、ハワイアン音楽とか、あるけど、ハワイ人ってどんな人たち? ハワイにはいろいろな民族や人種が住んでいるらしいけど、どうしてそうなったの? ハワイってアメリカなの?
アメリカ合衆国議会には、会期を外すと中を見学させてくれるツアーがある。展示ギャラリーは、アメリカ政治のさまざまなお宝で満ちており、民主主義や、自由の精神の象徴となる文書や絵画をはじめとするアート作品などが展示されている。その中で異彩を放っているのは、ハワイ州から寄贈されたカメハメハの銅像であるが、これがなんだか、民主主義を標榜する国の展示の中で、場違い感が強いのである。王国から合衆国に併合されたのは、ハワイ州だけであろう。
18世紀終わり頃にクック船長が西洋人として初めてハワイ諸島(クックはサンドウィッチ諸島と名付けた)を訪れたとき、そこには既に高度に発達した王国群が存在していた。19世紀に入るとカメハメハが西洋人たちの力を借りて、諸島の統一を成し遂げ、王朝を確立し近代化を図るがその道は険しかった。自給自足経済から市場経済へ、伝統的宗教からキリスト教へ、共同体的土地所有から個人所有へ。近代世界システムへと経済的に開かれていく中で、外国人にサトウキビ・プランテーションの経営を任せ、労働者は海外から調達するようになる。外界との接触によりさまざまな病気が蔓延し、アルコール中毒なども合わせハワイ人の人口減少は著しいものがあったため、労働力を海外に頼るのはいたしかたなかった。そうしているうち、次第にアメリカ出身の植民者たちに実権を握られ、しまいに1898年にアメリカ合衆国に併合されたのである。

[典拠:山本真鳥編著『オセアニア史』(山川出版社00年)、Ralph Kuykendall, The Hawaiian Kingdom, 3vols. University of Hawaii Press, 1938, 1956, 1973. S.M. Kamakau, Ruling Chiefs of Hawaii, Kamehameha School Press, 1961. など。]

第115回講演会のお知らせ

「地中海の海賊――知られざる英雄ウスコク」
越村 勲 氏(東京造形大学教授)

日付: 2015年01月10日(土)
時間: 16:00 – 18:00
場所: 渋谷アイビスビル10階 (エレベータで9階へ上がり階段でお越しください)

講師プロフィール:
越村 勲(こしむら いさお)氏
東京造形大学教授。研究テーマは、クロアティアなど東欧の社会・文化史。
著書・訳書:R・オーキー『東欧近代史』(勁草書房、1987年)、『東南欧農民運動史の研究』(多賀出版、90年)、Ph・E・モズリー『バルカンの大家族ザドルガ』(彩流社、94年)、D・ロクサンディチ『クロアティア=セルビア社会史断章』(彩流社、99年)、S・ノヴァコヴィチ『セロ――中世セルビアの村と家』(刀水書房、2003年)、『映画「アンダーグラウンド」を観ましたか』(彩流社2004年)、新世界地理第10巻『ヨーロッパⅣ――東ヨーロッパ・ロシア』(朝倉書店06年)、『クロアティアのアニメーション』(彩流社、10年)、K・カーザー『ハプスブルク軍政国境の社会史』(学術出版会、13年)。

講演要旨:
舞台は地中海の東北部、いわゆるアドリア海。時代は日本の戦国時代から江戸初期にかけて、クロアティアの場合半ばオスマン帝国に支配され、オーストリアやヴェネツィアに助けを求めたり、逆に利用されたりした時代(この時代の緊張感や暴力については、例えば黒澤映画「七人の侍」を参考にして下さい)。uskok
クロアティアではハンガリーの南からアドリア海にかけて軍政国境という、万里の長城のような国境地帯が作られます。そしてオスマンの支配から逃れた難民とヴェネツィアからきた流民とが、軍政国境の港町セーニに集まって海賊団を作ります。それがウスコク(日本語で多少無理に訳すと「飛入り衆」)です。
今回はウスコクが①海賊といってもどういう海賊だったか、②どうして海賊になったか、③どういう活動をしていたか、そして④どうしてウスコクは永らくクロアティアの英雄でいられたのか、についてお話しします。
先ほど日本の戦国時代と比較しましたが、大航海時代の早い時期に、東地中海と東シナ海の沿岸の人々や境界社会が世界の動きにどう反応したかを比較検討するプロジェクト”Uskok and Wako〜Piracy, Border Society and the Making of Modern World‐Economy” を現在進めており、今回はその一環として、またウスコクについて本邦で始めて詳しくお話しすることになります。
なお、当日の最後に、私が東京造形大学の卒業生とともに作った、6分ほどのアニメーション「ウスコク/キリスト教世界の英雄」を上映します。

[典拠:Catherine Wendy Bracewell, The Uskoks of Senj~ Piracy, Banditry, and Holy War in the Sixteenth-Century Adriatic, Cornell University Press,1992.ほか近年のクロアティアのウスコクに関する研究論文や学会報告など。]